40代からの医療事務、無理しない働き方

40代からの医療事務、無理しない働き方

40代未経験で転職に成功!若葉マークの医療事務員として気づきや学びをまとめています。

40代、人生仕切り直し中。ここまでの仕事遍歴

はじめまして、ようこと申します。

簡単に自己紹介をさせていただきます。

 

私はブログやKindle出版などを趣味の延長で楽しみながら続けています。
もともとパソコンを触るのが大好きで、「この大好きなパソコンで何かできないかな?」と考えたのが始まりでした。

アフィリエイトブログをやってみたり、オークションに出品してみたり。
お小遣い稼ぎになればいいな、くらいの気持ちで、いろいろ挑戦してきました。

 

結婚して子育て中も、失敗しながらKindleで本を出してみたりして、パソコンにはずっと飽きずに向き合っています。

 

 

そして3年前に離婚。
小学生の男の子を女手ひとつで……と言いたいところですが、目の前に実家があり、たくさん助けてもらいながら、いろんな人に支えられて今の生活があります。

 

振り返ると、挫折の多い人生だったなと思います。
でも、不思議と「なんとかなってきたな」とも感じています。

このブログでは、転職医療事務の記事が多くなりそうなので、まずはこれまでの仕事を振り返ってみることにしました。

 

① 美容師(累計6年くらい)

高校卒業後、特にやりたいこともなかった私。
「美容師さんならやってみたいかも!」という、かなり軽い気持ちで目指しました。

お客さんをキレイにできて、自分も自由にオシャレができる。
服装も髪色も自由♪
若かった私は、そんな理由で美容師になろうとしていました。

親も「手に職ならいいかもね」と、美容専門学校に通わせてくれました。

 

当時は完全に「見て学べ」の時代。
優しさは甘えになる、という空気で、かなり厳しかったです。

店長のヘルプでパーマのロッドやペーパーを順番に出すのですが、少しでも順番を間違えたりテンポがズレると、お客さんに見えないようにリングコームの先で(とがった方)手を突き刺そうとしてくるんです。
もちろん真顔。
正直、めちゃくちゃ怖かったです。

失敗が続くうちに、だんだん萎縮してしまい、普段できることまでできなくなってしまいました。
今なら完全にパワハラですよね。

シャンプーの練習は営業後の20時前後から。
お腹は空くけど、「何か食べていいですか?」なんて言えない雰囲気。

先輩や店長が疲れているのに練習に付き合ってくれるのはありがたかったけど、その分、師弟関係は絶対。何も言えませんでした。

練習が終わって帰るのは23時頃。
シャワーを浴びる元気もなく、コンビニ弁当を食べてそのまま寝落ち。
朝は朝練があり、7時頃にはお店にいました。

若さだけが取り柄でしたが、連日こんな感じだったせいか、とにかく疲れが取れません。

ある日、店長のヘルプ中に、立ったまま寝てしまい、それをお客さんに鏡越しで見られたことがありました。
本当に恥ずかしくて、情けなかったです。

頑張りたい気持ちはあっても、気力だけではどうにもならず…。
社会人1年目、このお店はわずか3か月で辞めることになりました。

その後に入ったお店は、スタッフ同士の仲も良く毎日がとても楽しくて、仕事が終わったあとも「早く仕事に行きたい!」と思う職場もありました。
美容師としての時間は、決して悪い思い出だけではありません。

 

② 料理教室の営業(3年)

次に働いたのは、某料理教室の営業職。
契約社員でしたが、なんと3次面接まであり、「自分なんか受かるわけない」と思いながら挑戦しました。

それでも採用してもらえて、本当に嬉しかったのを覚えています。

営業は初めてだったので、先輩の話を一言も聞き逃さないようにメモ。
新規営業や、既存生徒さんへの追加コースの提案など、ロープレも何度もやりました。

私は27歳の中途入社
先輩は新卒1年目でトップ営業になった、勢いのある人でした。

結果が出るまで手を抜かず、できることは全部やる。
「トップに立つ人ってこういう人なんだな」と、心から感心しました。

年下でしたが、年齢は関係ないんだと学ばされました。
失敗を恐れず挑戦して、ちゃんと結果を出す。
普通なら避けたくなることも、愚直に行動する姿が本当にすごかったです。

そんな先輩のやり方を真似して、私も何度か月のノルマを達成でき、初めて営業の楽しさがわかった気がしました。

ただ、毎月のノルマに少しずつ疲れてしまい、3年の契約満了で退職しました。

 

③ 飛び込み営業(1年)

「将来は自分の営業店舗を持つことも可能だよ」
そんな夢を持たされ、かなり過酷な営業を経験しました。

扱うのは雑貨や化粧品、和菓子など。
売りたい分だけバッグに詰め込み、完全アポなしの飛び込み営業です。

会社やお店、とにかくドアがあればピンポン。
勢いがつくと、道を歩いている人にも声をかけていました。

300人に会えば、20人は買ってくれる
そんな教えを信じて、朝から晩までピンポン、ピンポン。

あまりに押しすぎて、謎の“ピンポンハイ”状態(笑)

相手が引いているのもわかるんですが、それでも続けるしかありません。

正直、自分を捨てないとできない営業でした。
一生忘れない経験です。

社会保険もなく、今思えばブラック企業
でも当時はみんな洗脳されていて(笑)、志も高く、仲も良く、楽しかったんです。

30歳になり、「さすがにこの仕事は長く続けられない」と思い、退職しました。

 

乳酸菌飲料の宅配レディ(7年)

子どもが1歳半の頃、なんと道でスカウトされました(笑)

最初は断ったのですが、「見学だけでも」と言われ、ワンオペ育児中だった私は気分転換のつもりで行ってみることに。

すると、働く人専用の保育園があり、同じくらいの年齢の子どもたちが楽しそうに遊んでいました。

当時は待機児童問題で、保育園に入るなんて無理な状況。
それなのに、

「うちで働くなら、すぐ使えますよ」

と言われて、正直心が揺れました。

さらに職場は家から歩いて約10分もかからない。
通勤のストレスがないのは、子育て中には本当に大きなメリットでした。

なんだかんだ断る理由が思いつかず、結局そのまま働き始めることになりました。

居心地も良く、主婦にはとても働きやすい環境で、気づけば7年も続いていたんです。

《よかったところ》

  • 子育て中の仲間が多く話しやすい

  • 子どもの急な発熱もお互い様

  • 仕事が終わればすぐ帰れる

  • 休みや早退の調整がしやすい

  • 運動にもなってお小遣い稼ぎにもなる

ただ、《辞める決断をした理由》は大きく2つ。

  • 社会保険がない

  • 扶養前後の収入が限界で、離婚後は不安が大きかった

ここがどうしてもネックでした。

この仕事でシングルの人もいたけど、やっぱりお金が足りないのか、もう一つ仕事を掛け持ちしていたんです。
でも私が掛け持ちをしてここに留まるくらいなら、子供も大きくなってきたので、

「今がフルタイムで稼ぐタイミングなのかもしれない」

そう思ったんです。

 

今がフルタイムで稼ぐタイミングなのかもしれない

 

そこから、「正社員で社会保険があること」を条件に、去年の1月半ば頃から仕事探しを始めることにしたんです。

これまでにも、貴金属買取の営業、保険の電話勧誘、コールセンター、ネットビジネス関連など、本当にいろんな仕事を経験してきました。

挫折もたくさんありましたが、今は「医療事務」として正社員で働いています。

正直、自分にできるとは思っていませんでしたが、意外と職場にも馴染めて、楽しく仕事ができています。

↓職場に早く馴染むためにしたことはこちらの記事で紹介しています。

iryo-jimu.hatenadiary.com

このブログでは、医療事務を通して気づいたことや学んだことを、アウトプットしていく予定です。

  • 40代からの転職を考えている人

  • シングルの人

  • 医療事務の仕事がしっくりきていない人

  • 医療事務の仕事ってどんなん?って人

そんな方に読んでもらえたら嬉しいです。

役に立つかはわかりませんが、医療事務の魅力が少しでも伝わればいいなと思っています。

それでは、自己紹介はこのあたりで。
これからどうぞ、よろしくお願いします。